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軍事・ヤンデレ・ギャルゲ・音楽・小説などを勝手に
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以前ライトノベル作法研究所に投下させて頂いた短編を晒します。
中島みゆきさんの『
最後の女神』という曲を元に書きました。
読みたい方は続きをどうぞ




 木を植える仕事を志したのは、いつの頃だったのだろうか?
 私は滴り落ちる汗を右手の甲でぐい、と拭いながらふと思った。
 暑い暑い夏は今年も巡ってきた。
 いや、今年も、というより、もうずいぶんと前からこの国には季節といえば夏以外は存在しなくなっている。
 秋の紅葉や冬の樹氷、春の芽ぐみがあってこそ、夏の木陰の美しさが目に沁みるだと。そんな当たり前のことを、でも私たちは失うまで思ってみたことは無かった。
 これから植える苗木の埋める場所の小石を取り除く。
夏が続くといろいろなことが起きた。
 電力消費量がもの凄い勢いで増えて化石燃料の消費も否応なく増加した。温暖化は歯止めがかかるどころか坂道を転げ落ちるように進み、ますます冷房無しでは暮らしていけなくなった。電気代はかさみ、生活は苦しくなり、そして暑さによるイライラは犯罪を急増させ、社会は不安定さを増していく。

 そんなとき、誰が始めたのだろうか。木を植える、というなんとも奇妙な流行が巷に突如として沸き起こった。
 始めは全くの遊びとして、植えた木の成長を自慢しあうことが、まるで娘や息子、いや、孫の成長をさりげなく張り合うような調子で流行しただけだった。だが、いつの間にか、それが立派な商売として成り立つようになっていった。
 無理もない、猫の額よりもっと狭い庭に、どう見ても気候風土にあっているとは言い難いような草花を、プランターに植えて飾り立てるのをガーデニングと言い習わすそうだが、それらは大地に根付いて花をつけ、果実を実らせ、やがて地に落ちて根に帰っていく、植物としてのライフスタイルから大きく外れたものたちばかり。ガーデニングで知りえた知識を応用して樹木を育てるなどというのは、三輪車を使い始めた幼稚園の子供が、いきなり単車に乗り換えるような行為だ。
 従って人々の植えた木は、たちまち専門家……ウッドシッターなどというこじゃれた名前で呼ばれるが、早い話が樹木屋だ……の手に委ねられ、ウッドシッターたちはただ育てるためだけに木を育て、写真を撮り、木の葉や実を拾い集めて、それらをオーナーへ送るという日々を過ごしていた。

 私はもともと町のはじでおでん屋を営んでいた。亭主と早くに死に別れ、女手一つで息子を育て上げ、その息子が今年からアイスクリームのメーカーへ勤め始めたのでようやく一息ついたところだ。
 自分は父の跡を継ぐのだ、と小さい頃はたびたび語って私を喜ばせた息子も、この気の狂ったような温暖化にはとても抗いきれず、それならばいっそと潔く矛先を変え、ここしばらくは売れつづけるであろう商品を生業とすることにしたらしい。
 賢明な選択だとは思っても、なにがしか淋しかったことは確かだ。
 まだ四季があった頃、ことに秋から冬にかけて、おでんはよく売れた。
 大根や昆布の旨みの溶け込んだ汁は、頑張って亭主が誇らしげに仕込んでいたやり方と同じにした。白滝や馬鈴薯はその旨みをよく吸っておいしく仕上げた。そのせいもあって、亭主の作る味に惚れた客が離れずに残ってくれて、私と息子はひどく暮らしに困ることも無く生活が出来た。
 それを思うとおでん屋を畳むのはとても辛かったのだが、こう夏が続くようになるともう無理があるだろう。
 暑い盛りにふうふう言っておでんを食べるのは、毎日我慢大会でもしているようなものだ。それでも私たちを気遣って通いつづけてくれるお得意さんもいたが、だんだん申し訳なくなって私は店を畳むことに決めた。
 その後の生計を考えた私は、ふとお日様の下で過ごしたいと、そう思ったのだ。
 生まれ故郷は山深い所であったので、林業のつらさはよく知っている。それでも委託料が安定して入る仕事は魅力的だったし、これから弱っていく一方の足腰には、かえってこんな仕事の方が良いのではないかとも思った。
 息子は、ようやくお母さんに楽をさせてあげようとしていたのに、と言って憤慨したが、嫁と角の突付き合いをするのはなんとしても嫌だった。
 息子はまっとうに育ってくれたが女の好みまでは自分の思うとおりにはならない。付き合っているんだ、と一、二度連れてきた若い娘は、ガーデニングが趣味だと言っていた。細くて華奢で色の白い女で、気立ては良さそうだったし最近の女の子としてはまあ良い子なのではないかとは思う。けれども、恐らく一つ屋根の下にいれば気まずくなるだろうな、と私は思った。なんとなくこの子とは気が合わないだろう……直感的にそう思ったのだ。それだけのことだったが、自分一人で自活することを決める理由としては充分だった。
 前々からお天道さまの下で働いてみたかったんだよと笑って見せると、息子はそれならしょうがないよなあと言って苦笑いをしながらうなずいてくれた。
 講習会を受け資格をとり、比較的大手のウッドシッター登録会社に拾ってもらえて、私は生まれ故郷に近いこの山の中に暮らすようになった。

 実際、ウッドシッターの仕事は予想通りに楽しいものだった。
 もちろん、年老いた足腰にはきつい、つらいことも多くある。しかし、暑い中熱いおでんを仕込むのに比べればよっぽど楽ではあったし、街に比べれば山の天気はずいぶんと涼しいものだった。
 雨の降ったあとなどは、必ずといっていいほど見事な虹が立ち、私の目を楽しませた。
 木々を育てているという実感もあり、木々も自分の子供のように思えるようになっていく。
 そうして、私はこの仕事におでん屋以上の生きがいを見出していた。

 蝉の声が痛い程に耳に響いた。
 汗は止めようもないくらい流れ、下枝を払う鋸を握っていた私の手は、なんだかふやけたようになってきた。
 この木が終わったらお昼ご飯にしようかと空を見上げた。
 そのときだった。雲が向かいの峰を越えてくるのを見つけた。
 おかしいな、と私は眉を顰めた。向かいの峰を雲が越えるのはいつも決まって午後二時頃で、その後少しだけ夕立を降らせてから十分もしないで雨があがり、空が見事な虹を見せるのが一日のリズム。
 それが今日に限ってどうしてこんなに早くに雲が……
 腰に付けた無線機がピーピーと電子音をたてた。私は慌ててそれに応答する。
 二つ隣の山にいる同僚が、こっちはひどい雨だから間に合うなら町へ戻っていた方がいい、と忠告してくれた。
 ありがとうと言って無線を切ったものの、まだ枝を払う予定の木がだいぶ残っていたので町には戻らず避難小屋へ入ることにした。
 やがて雨粒がトタン板の屋根をピシピシと鋭い音で叩き始め、あっという間に凄まじい音を立てた。
 滝のような雨、とはまさにこのことだ。
 山の雨の激しさには慣れていた私だったが、外の暗さも尋常ではない。
 窓辺から外を窺ってこれはどうなることかとそう思ったとき避難小屋に風がさあっ、と吹き込んできた。
 扉が開いたのかと振り向いた私は見た光景に言葉を失くした。
 扉はきちんと閉まっているのだが、その前に十五、六の娘が一人、山には似合わないふわふわした衣装を着て立っていた。
 足には何も履いておらず、また恐らく雨に濡れたであろうに長い髪は少しも水滴がついていない。
「あの……どちらさまで?」
 恐る恐る訊ねると、その娘はほっとしたように笑い、答えた。
「楓です」
「カエデ、さん……ですか?」
「はい」
 楓と名乗った女はにこにこしながら私に近づく。私はなんとなく薄気味が悪くて少しだけあとずさった。
「迎えに来ました……さあ、行きましょう」
「迎え? どこへ?」
「あそこです」
 楓は窓から外を指差す。
 しかし窓の外は白い霧と激しい雨と、雨のせいで黒々と見える樹木がある以外はなにもない。
「あそこって、どこ?」
 少々厳しい声を出した。
「お別れを言いたい方はいますか?」
 楓は私の問いかけには答えず、なんとなく哀れむような目で私を眺めながら問うて来た。
「ふざけんな! どこに行くのかって訊いてるんだから、先に答えなっ!」
 気味の悪さも手伝って、私は大声を上げた。そうすれば彼女の薄気味の悪さも払えるのではないかと思ったのかもしれない。
 この女はもしかしたら死神かもしれない、とも直感的に感じた。それならばとっとと追い出さなくては。私はまだ亭主の下へ行く気はない。
「ごめんなさい、驚かせるとは思ったんですど……」
 しゅん、として楓は答えた。
 私は意外と素直なその反応に、どう答えたら良いかがわからずに黙り込む。
「でも、急いでいかないと……時間が無いんです」
「何の時間が?」
「出発しないといけないんです」
 楓はさっと私の手を掴んだ。
「何をするの!」
 暴れようとしたとたん、妙な音が聞こえて私ははっと聞き耳を立てる。恐る恐る音のした方を覗いて危うく腰を抜かしそうになる。
 楓と似たような姿の娘たちが、わさわさと部屋の暗がりから湧いて出てきたではないか。
「桜、栃、楢、松、用意はいい?」
 楓の声に娘たちは頷いた。
 もう何がなんだかわからなかった。
 ただ、娘たちはわっと私に群がって手足を掴んだ。悲鳴をあげる暇さえなかった。
 あっと思ったときには私の身体は娘たちに持ち上げられ、娘たちは空に浮かんでいた。
 避難小屋の屋根を通り抜けた。どうやって通ったのかさえもわからない。
 だが、足元遥かに小屋が見え、あっというまにその小屋が崩れ落ちる土砂に埋まっていくのが見えた。
 山肌に植えたばかりの幼い樹木たちが可哀想だったが今の私にはどうしようもない。
 続いて黒く分厚い雲を突き抜ける。
 高く高く、自分がふわりと浮いているのが体感的にもわかる。
「どこまで行くの?」
「他所に……」
「他所?」
「ええ……あなたと……いくらかの人たちと……」
 他所とはいったいどこだろう。そうも思ったが、山が崩れるの雷のような激しい音がそこかしこで聞こえて私の思考を遮った。
 雲の下になって見えないけれど、それはきっととても恐ろしい光景に違い無い。私に無線をくれた同僚は無事なのだろうか。
 やがて雲の上に出ると今度は町まで見渡せた。町のあちらこちらに茶色と白の筋が見えた。どこかの堤防でも切れたのか、洪水が起きているようだった。
 私を掴んでいる娘たちはまだまだ高く昇る。
 隣の町……駅のある大きな町……田園の続くひろびろとした町……パノラマはどんどんと大きく広がり続けて、代わりに小さなものが見えなくなる。
 息子のいるのは確かこのあたりかと思われる町は、一面茶色い水しか見えない。どこかに避難してくれているだろうか、と気を揉んだがそれを確かめる術はなかった。
 地域一帯が茶色い地図のようになっている。それどころか日本中が茶色く汚い色に染まっているようにも見える。
「あれ、まあ……」
 私の驚きと呆れをを含んだ呟きに、楓は振り返った。
「最後です」
「なにが?」
「あなたが……最後なんですよ」
 地球が足元でちんまりと丸くなっているのが見える。
 その姿は、遠い昔になにかの図鑑の写真で見たときのような、青と白で彩られた美しいものと似ても似つかなくなっていた。
 茶色と灰色を混ぜたくった薄汚れたゴム鞠のようにも見える。

「待ってください! 待って! 後生だから!」
 私は手足を振り回して叫んだ。
「どうしたのですか?」
「私はここで待ちますから、どうぞあなた方だけで行ってください」
 楓たちは顔を見合わせ、困惑を隠さない。私のほうに顔を向け、楓が問い掛ける。
「待ってって……何を待つのですか?」
「子供がいるんです……もういい歳になっていますけど、私のお腹を痛めた子ですから……嫁も貰って、まだこれからなんです。あの子を、あの子を待っていなくては……」
「待つ……」
「はい」
「来なくても、ですか?」
「来ますとも」
 茶色と灰色に彩られた星を振り返り、私は楓たちに背を向ける。
「私が待っていると、きっとあの子は思っていますでしょうからね。だから待っています。私が待たないとあの子も帰る場所がなくて可哀想でしょう?」

 私の背には鳩のような白い翼が与えられた。作業用の青い衣服は昔話で聞いた天女の羽衣のような白い浄衣に改められた。
 待つことのほかには何もすることはなくなったけれど、あの子を残してどこかに行きたくは無い。
 待つうちにこの星はいつのまにか本来の姿を取り戻しつつあった。
 茶色と灰色はだんだんと薄れ、次第次第に翠と、碧と、白を増す。
 虫たち以外に動き回るものの姿はまだ見えないけど、あの翠はきっと楓たちの子供たちだろうと思う。
 そして私は今日も待ち続ける。私の天使が、もう一度歌い始めるのを。

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好きな作家さんは藤子・F・不二雄、前田珠子、新井素子、吉岡平、横山信義、林譲二、橋本純あたり。
好きな音楽は海援隊などのフォーク、中島みゆきなどのニューミュージック。あとはLiaさんや新良エツ子さん、じまんぐさん、Sound Horizon(一期、二期両方)、Suaraなど。
歌じゃないのなら地中海風というかラテン風、イタリア風とテクノっぽいのやカントリー音楽。ピアノ音楽も好き。

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